公開日 2026年8月2日
ICTの日常利用は75.4%まで進みました。しかし負担軽減の効果を実感できている事業所は、昼49.4%・夜44.6%。「入れた」と「効いた」のあいだには、はっきりした溝があります。何がその差を生むのかを公表データと国のガイドラインで整理し、導入前に自分で確かめられる15項目のチェックリストにしました。
「高いシステムを入れたのに、結局みんな紙に戻った」——介護の現場で、この話は珍しくありません。そして多くの場合、原因は「選んだ製品が悪かった」ことではありません。
この記事では、ICT化がつまずく5つのパターンを整理し、そのそれぞれに対応する導入前チェックリスト15項目を用意しました。すでに「使われないシステム」を抱えている事業所向けに、立て直しの順番も書いています。数値は厚生労働省・公益財団法人介護労働安定センターの公表データに基づき、出典を明記しています。
関連する記事はAXラボ(介護×AIの研究室)でまとめています。
結論:失敗の多くは「製品選び」ではなく「入れ方」で起きている
先に結論です。うまくいかなかった事業所の話を聞いていくと、詰まっている場所は製品の機能ではなく、導入の進め方と、導入後の運用に集中しています。
具体的には——現場に一度も触らせずに決めた/既存ソフトへの入力が残って二重入力になった/機能が多すぎて「どれを使うか」が決まっていない/担当者1人に依存した/効果を測っていないので、続ける理由も直す手がかりもない。この5つです。
逆に言えば、これらは製品を選ぶ前に、事業所側で潰しておけます。それがこの記事の目的です。
数字で見る「入れた」と「効いた」の溝
公益財団法人介護労働安定センターの「令和6年度介護労働実態調査」では、ケア記録・ケアプラン等の入力・保存・転記の機能を日常的に利用している事業所は75.4%。導入そのものは、着実に広がっています。
ところが、ICT機器・介護ロボットを導入しても「昼間の業務負担の軽減」に効果を感じている事業所は49.4%、「夜間」は44.6%(同調査)。4分の3が入れているのに、効いたと感じているのは約半数——これが令和6年の姿です。
背景には事業所そのものの厳しさもあります。従業員が「不足」と感じる事業所は65.2%(前年度64.7%)、「今の報酬では十分な賃金を払えない」は約39.1%(同調査)。人も原資も足りないなかで、効かない投資を繰り返す余裕はありません。
つまずく5つのパターン
パターン① 現場に一度も触らせずに決めた
経営層や本部だけで比較検討し、実際に毎日使う人が導入前に一度も触っていないケースです。導入後に「前のほうが早い」「押す場所が分からない」という声が出て、そこから巻き返すのは、決める前に触ってもらうより何倍も大変になります。
選定の段階でいちばんITが苦手な職員に触ってもらうのが、いちばん確実な検査になります。その人が使えるなら、他の人はまず使えます。
パターン② 二重入力が残った
最も多い失敗です。新しいツールを入れても、請求や記録のために既存の介護ソフトへ入力する作業が残る。すると純粋に作業が1工程増えます。「ICTを入れたら忙しくなった」という感想は、たいていここから生まれます。
確認すべきは「連携できます」という言葉ではなく、「どの画面のどの項目が、どの操作で、どちらの向きに渡るのか」という具体です。片方向なのか双方向なのか、手作業のCSV書き出しが挟まるのかどうかで、現場の負担はまったく変わります。
パターン③ 機能が多すぎて、使う機能が決まっていない
高機能なものを選んだこと自体は失敗ではありません。問題は、「うちはこの機能を使う」という合意がないまま配られることです。マニュアルが分厚くなり、研修も一度きり。結果として、誰も全体像を持たないまま日常が始まります。
導入初月に使う機能を1つか2つに絞って明文化するだけで、定着率は変わります。残りは3か月目以降でも遅くありません。
パターン④ 担当者1人に依存した
ITに強い職員が1人で導入を回し、その人が異動・退職した瞬間に止まる、というパターンです。運用ルールがその人の頭の中にしかないため、引き継げません。
手順書を1枚つくること、そして「聞く相手が2人以上いる」状態をつくることが、いちばん安いリスク対策になります。国のガイドラインでも「手順書の作成」は業務改善の取組の1つとして挙げられています。
パターン⑤ 効果を測っていない
導入前の記録1件あたりの所要時間を測っていないため、導入後に楽になったかどうかを誰も証明できない。すると、続ける理由も、どこを直せばいいかの手がかりも失われます。反対する人を説得する材料も出てきません。
必要なのは大げさな測定ではありません。導入前に、代表的な記録3件分の所要時間をストップウォッチで測っておく。それだけで、あとから比べられるようになります。
国は「入れたか」ではなく「成果が出たか」を見ている
この流れは、国の制度設計にもはっきり表れています。令和6年度介護報酬改定で新設された生産性向上推進体制加算では、見守り機器等のテクノロジーを1つ以上導入し、国の「生産性向上に資するガイドライン」に沿った業務改善を継続し、事業年度ごとに取組の実績データを厚生労働省に報告することが求められます(加算(Ⅱ)は一月あたり10単位。テクノロジーを複数導入し、報告データで成果が確認された場合には、より高い評価として加算(Ⅰ)が設定されています)。
あわせて、利用者の安全と職員の負担軽減を検討する委員会の設置(おおむね3か月に1回以上の開催)も求められています。「入れて終わり」ではなく「成果を報告する」ところまでが要件になっている、ということです。
要件の詳細・単位数は改定や自治体運用により変わります。算定の可否は、必ず告示・通知の原典と貴事業所の登録内容をご確認ください。
国のガイドラインでは、ICTは「7つの取組」のうちの1つ
見落とされがちですが、厚生労働省の生産性向上ポータルサイトでは、業務改善の視点から整理した取組として、次の7つが示されています。
- 職場環境の整備
- 業務の明確化と役割分担
- 手順書の作成
- 記録・報告様式の工夫
- 情報共有の工夫
- OJTの仕組みづくり
- 理念・行動指針の徹底
ICTツールが直接効くのは、主に「記録・報告様式の工夫」と「情報共有の工夫」です。逆に言えば、業務の役割分担が曖昧なまま、手順書もないままシステムだけを入れても、残りの5つは何も解決しません。「ICTを入れたのに変わらない」の正体は、しばしばここにあります。
導入前チェックリスト15項目
5つのパターンに対応する形で並べました。右の列(確認のしかた)だけ持ち帰って使っていただけます。すべてを満たす必要はありませんが、空欄が多い項目ほど、そこが後で詰まります。
| # | 確認項目 | 確認のしかた |
|---|---|---|
| 1 | 毎日使う職員が、契約前に実機を触ったか | デモは管理者だけで受けない。現場から2人同席してもらう |
| 2 | いちばんITが苦手な職員が使えたか | その人に、説明なしで1件つくってもらう |
| 3 | 自分のスマホ・タブレットで動くか | 事務所のPCではなく、実際に持ち歩く端末で試す |
| 4 | 既存の介護ソフトへの入力が減るか、増えるか | 導入後の1日の流れを、紙に書き出して比べる |
| 5 | 連携が「どの項目・どの向き・どの操作」か言えるか | 営業担当に画面を見せてもらいながら口頭で説明させる |
| 6 | CSVの手作業書き出しが挟まらないか | 「全自動ですか、手作業が1回入りますか」と直接聞く |
| 7 | 初月に使う機能を1〜2個に絞って書き出したか | 紙1枚に書いて、全員が見える場所に貼る |
| 8 | 使わないと決めた機能を明示したか | 「今は触らない」リストをつくる |
| 9 | 手順書が1枚あるか | 導入初週に、使った人自身に書いてもらう |
| 10 | 聞ける相手が事業所内に2人以上いるか | 最初から2人で始める(1人担当制にしない) |
| 11 | ベンダーの問い合わせ窓口と応答時間を確認したか | 電話かチャットか、平日何時までかを書面で |
| 12 | 導入前の所要時間を測ったか | 代表的な記録3件を、ストップウォッチで計測 |
| 13 | 4週間後に見る指標を1つ決めたか | 「記録1件あたりの時間」など、1つでよい |
| 14 | やめる条件を決めたか | 「4週間で楽にならなければ止める」と先に決める |
| 15 | 個人情報の扱い(伏字・保存先・削除)を確認したか | 口頭ではなく書面で3点を確認する |
もう「使われないシステム」になっている事業所へ——立て直しの順番
すでに導入してしまい、使われていない場合。いきなり全部を作り直そうとすると、たいてい二度目の失敗になります。順番があります。
- 使われている機能を1つ探す。ゼロということはまずありません。そこが足場になります。
- 二重入力が起きている箇所を特定する。1日の流れを紙に書き出せば、たいてい1〜2箇所に集中しています。
- その1箇所だけを解消する。全体最適はいったん忘れます。
- 楽になったことを数字で示す。ここで初めて、他の職員が動きます。
- 使わない機能を正式に「使わない」と決める。捨てることで、残ったものが使われ始めます。
この「小さく始めて、続ける」進め方については介護のDXが進まない本当の理由と介護のDXからAXへでも詳しく整理しています。
お金の話——補助金だけで製品を決めない
介護テクノロジー導入支援事業やデジタル化・AI導入補助金など、導入費用を軽くする制度は複数あります。補助率・上限額・締切・対象経費は自治体ごとに異なります。詳しくは介護テクノロジー補助金の解説、ICT導入支援事業とは、デジタル化・AI導入補助金、補助金ナビをご覧ください。
ただし一点だけ。「補助対象だから」を選定理由の1位に置くと、上のチェックリストの1〜3が飛びます。補助金は費用を軽くする手段であって、現場で使えるかどうかの証明ではありません。使うかどうかを決めるのは現場、支払いを軽くするのが補助金、という順番を崩さないことをおすすめします。
自事業所の現在地を確かめる
立て直しの前に、いまどこにいるのかを確かめておくと遠回りが減ります。無料の「AX診断」では、事業所名または所在地から検索するだけで、厚生労働省「介護サービス情報公表システム」の公表データをもとに現在地を表示します。登録も入力も不要です。
出典:厚生労働省ウェブサイト(介護サービス情報公表システム オープンデータ)/公共データ利用規約(第1.0版)。本ツールは上記を当社が編集・加工したものであり、厚生労働省の公式見解ではありません。診断結果は公表情報にもとづく整理であり、個別の判定・助言を行うものではありません。詳細は各事業所にてご確認ください。
導入を進めるときの実務注意
ICT・AIの導入や、記録を外部サービスに渡す運用にあたっては、利用者の氏名・被保険者番号などの個人情報の扱い(伏字・事業所内ルールの確認)にご留意ください。制度の要件・単位数・様式は、改定や自治体運用により変わります。加算の算定や補助の可否は、必ず告示・通知・自治体の実施要綱の原典と、貴事業所の登録内容をご確認ください。本記事は特定の製品・サービスの効果や算定を保証するものではありません。
よくある質問(FAQ)
介護のICT化が失敗する最大の原因は何ですか?
最も多いのは、新しいツールを入れても既存の介護ソフトへの入力が残り、二重入力になってしまうことです。純粋に作業が1工程増えるため、「ICTを入れたら忙しくなった」という結果になります。契約前に「どの項目が・どの向きに・どの操作で渡るのか」を具体的に確認してください。
ICTを導入したのに使われていません。どうすればいいですか?
全部を作り直そうとせず、順番に進めてください。まず使われている機能を1つ探し、次に二重入力が起きている箇所を1つ特定して、そこだけを解消します。楽になったことを数字で示せると、他の職員が動き始めます。
導入前に測っておくべきことはありますか?
代表的な記録3件分の所要時間を、ストップウォッチで測っておいてください。導入前の数字がないと、楽になったかどうかを証明できず、続ける理由も直す手がかりも失われます。
生産性向上推進体制加算とは何ですか?
令和6年度介護報酬改定で新設された加算です。テクノロジーの導入と、国のガイドラインに沿った業務改善の継続、そして事業年度ごとの実績データの報告が求められます。加算(Ⅱ)は一月あたり10単位、成果が確認された場合はより高い加算(Ⅰ)が設定されています。要件は原典をご確認ください。
国のガイドラインが示す業務改善の取組は何ですか?
厚生労働省の生産性向上ポータルサイトでは、職場環境の整備、業務の明確化と役割分担、手順書の作成、記録・報告様式の工夫、情報共有の工夫、OJTの仕組みづくり、理念・行動指針の徹底という7つが示されています。ICTツールが直接効くのは主に4番目と5番目です。
補助金が使える製品を選べばいいですか?
補助金は費用を軽くする手段であって、現場で使えるかどうかの証明ではありません。使うかどうかは現場が実機を触って決め、補助金は支払いを軽くするために使う、という順番をおすすめします。補助率・上限・締切は自治体ごとに異なります。
出典
- 公益財団法人介護労働安定センター「令和6年度介護労働実態調査」(調査ページ/公表資料PDF)
- 厚生労働省「介護分野における生産性向上ポータルサイト」(厚生労働省ウェブサイト):介護分野における「生産性向上」とは?(業務改善に向けた7つの取組)、生産性向上に資するガイドライン、介護テクノロジー導入支援事業 ほか
- 厚生労働省「令和6年度介護報酬改定について」(厚生労働省ウェブサイト):生産性向上推進体制加算
出典:厚生労働省ウェブサイト/公益財団法人介護労働安定センター/公共データ利用規約(第1.0版)。本ページは上記を当社が編集・加工したものであり、各府省庁・調査機関の公式見解ではありません。割合は各調査の公表時点のものであり、調査年度や集計方法により変わります。「5つのパターン」「チェックリスト」「立て直しの順番」は当社の現場知見に基づく整理であり、効果や結果を保証するものではありません。要件・単位数・数値は原典をご確認ください。
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この記事の執筆・編集
介護のマナ編集部(株式会社ライフシフト)
介護記録AI「神マナ(介護のマナ)」を開発・提供する株式会社ライフシフトの編集部。訪問看護ステーションを運営する看護師(CSO)をはじめ、介護・看護の現場とともに、記録・書類・制度の実務情報を発信しています。
