ヤスさんは、元・タクシー運転手だった。
七十九歳。若年性の認知症で、えんがわにいる。自分の名前も、あやふやだ。けれど、運転のことだけは、体が、覚えていた。車椅子に座っても、両手は、いつも、見えないハンドルを、握っている。「お客さん、どちらまで?」。それが、口癖だった。
ある日、桐山主任が、こう言った。「ヤスさんを、お客さん役じゃなくて、運転手として、乗せてあげようか」。使っていない送迎車に、湊さんが運転席、ヤスさんが助手席、私は、後ろの席に、乗せてもらった。助手席のヤスさんは、まるで、本物の運転手のように、町を、案内した。「そこの角はな、昔、駄菓子屋が、あってな」「この坂は、雨の日は、滑るから、気をつけな」。四十年、この町を走ってきた人だった。その記憶だけは、どこも、ぼけて、いなかった。
ある日、行き先を、聞くと、ヤスさんは、少し、考えて、言った。「……家まで、頼むわ。女房が、晩飯、作って、待ってるからな」。奥さんは、もう、十年前に、亡くなっている。湊さんは、何も言わず、車を、出した。
ヤスさんが案内するまま、知らない道を、曲がっていく。やがて、ある空き地の前で、「ここだ」と、言った。昔、家が、建っていた場所だった。ヤスさんは、しばらく、その、何もない土地を、見て、それから、やわらかい声で、言った。「ただいま」。
その夜、私は、日記に、書いた。「本日の乗務、無事終了。お客様、ご帰宅されました」
「神マナ物語」は、小規模多機能ホーム「えんがわ」に通う、ボランティアの学生・神崎まなの物語です。 → 登場人物と舞台について(はじめに)
