えんがわで、いちばん若い利用者は、五十二歳だった。
リョウさん。若年性の認知症。働き盛りで、突然、記憶が、こぼれ始めた。子どもは、まだ、大学生だという。私より、ずっと年上で、ずっと若い、その人と、どう接していいか、私は、わからなかった。
リョウさんは、よく、泣いていた。「俺は、なんで、こんなことに……」「家族に、申し訳ない」。かける言葉が、見つからなかった。励ましは、嘘くさいし、慰めは、軽すぎた。ある日、私は、ただ、隣に、座って、正直に、言った。「リョウさん。私、なんて言ったら、いいか、わからないんです。ごめんなさい」。リョウさんは、驚いた顔をして、それから、ふっと、笑った。「……いいよ。わからないって、言ってくれて。みんな、わかったふりを、するから」。
それから、私たちは、よく、二人で、外の、ベンチに、座った。私は、もう、何も、教えようとも、励まそうとも、しなかった。ただ、自販機で、缶コーヒーを、二つ買って、隣で、飲んだ。学校の、愚痴を、こぼした。くだらない、テレビの話を、した。リョウさんは、そういうとき、いちばん、リョウさんらしく、笑った。
ある日、帰りぎわに、リョウさんが、言った。「あんたといると、俺、まだ、ただの、おっさんで、いられるよ」。
私は、今日も、自販機で、缶コーヒーを、二つ、買う。
「神マナ物語」は、小規模多機能ホーム「えんがわ」に通う、ボランティアの学生・神崎まなの物語です。 → 登場人物と舞台について(はじめに)
