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第十四話 「おじいちゃん」では、振り向かない人

サトウさんは、「おじいちゃん」と呼ぶと、返事を、しなかった。

八十八歳。職員さんが「おじいちゃん、お茶ですよ」と言っても、知らんぷり。一日じゅう、誰とも口をきかず、窓の外を、見ている。気難しい人だ、と、聞いていた。

ある日、私は、ご家族が持ってきた、古い写真を、見た。黒板の前に立つ、若い日の、サトウさん。教え子に囲まれて、笑っている。元・小学校の、校長先生だったのだ。四十年、子どもたちに、「先生」と、呼ばれてきた人。

次の日、私は、言ってみた。「サトウ先生。お茶を、お持ちしました」。サトウさんは、ぴくり、と、顔を上げた。そして、背筋を、すっと、伸ばした。「うむ。──いただこう」。別人のように、おだやかな、声だった。

それから、サトウ先生は、変わった。私が、日記の漢字を間違えると、「ちがう。とめ、はね、はらい」と、直してくれる。ほかの利用者さんにも、「あんた、姿勢が、いいね」と、声をかける。いつのまにか、フロアの真ん中が、先生の、教室のように、なっていた。

ある日、先生は、ぽつりと、言った。「……わしを、先生と、呼んでくれたのは、ここに来てから、あんたが、初めてだ」。そして、少し、はにかんで、付け加えた。「先生はな、生徒がいないと、ただの、年寄りなんだよ」。

私は、毎朝、フロアで、いちばん大きな声で、言う。「先生! おはようございます!」。すると、教室に、背筋の伸びた、生徒が、少しずつ、増えていく。

「神マナ物語」は、小規模多機能ホーム「えんがわ」に通う、ボランティアの学生・神崎まなの物語です。 → 登場人物と舞台について(はじめに)

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