介護記録AI「神マナ」無償提供のお知らせ

第二十六話 下手くそだねえ

ウメさんは、ごはんを、食べなくなった。

八十五歳。何を出しても、首を振る。「もう、いらん」。点滴の話も、出はじめていた。記録には「食欲不振」と、毎日、同じ言葉が、並ぶらしい。

ある日、ウメさんの娘さんが、ぽつりと言った。「母は、自分で漬けた、ぬか漬けしか、食べない人で」。私は、家で、見よう見まねで、きゅうりを、漬けてみた。次の日、不格好な、その一切れを、持っていった。「ウメさん。これ、漬けてみたんですけど。……味、見て、もらえませんか」。ウメさんは、ひとくち、かじって、しかめっ面を、した。「……下手くそだねえ。塩が、多いよ」。そして、もうひとくち、かじった。

それから、ウメさんは、私の先生になった。「今日は、かき混ぜたかい」「ぬか床はね、毎日、手を入れてやらないと、すねるんだよ」。叱られながら、私のぬか漬けは、少しずつ、まともに、なっていった。そのぶん、ウメさんも、少しずつ、箸を、取るようになった。

冬の終わり。ウメさんは、もう、自分で、食べる力も、なくなっていた。それでも、ぬか床の話をすると、目だけは、笑った。あるとき、かすれた声で、言った。「あんたの、ぬか床。……もう、私が、味見しなくても、大丈夫だね」。私は、うなずけ、なかった。

ウメさんが、逝った、次の朝。私は、家の台所で、ぬか床に、手を入れた。ひとくち、味見をする。塩が、ちょうど、よかった。それが、無性に、さみしかった。

「神マナ物語」は、小規模多機能ホーム「えんがわ」に通う、ボランティアの学生・神崎まなの物語です。 → 登場人物と舞台について(はじめに)

最近の記事