ハツエさんは、お風呂を、頑なに、拒んだ。
八十三歳。「入らない」「触らないで」。何週間も、職員さんが、手を焼いていた。記録には「入浴拒否、継続」。私は、ボランティアだから、お風呂のお手伝いは、できない。ただ、ハツエさんの、話し相手を、するだけだった。
ある日、世間話のなかで、ハツエさんが、ぽつりと、言った。「……昔はね、肌が、自慢だったの。色が白くて、きれいだって、よく、言われた」。そう言って、自分の、しみの浮いた手の甲を、しばらく、見ていた。今の体を、人に見られるのが、つらいのかもしれない。私は、その話を、桐山主任に、伝えた。
次のお風呂の日。桐山主任は、ほかの人を入れず、ハツエさんと、二人きりで、ゆっくり、時間をかけたという。「きれいな肌、私が、お守りしますからね」。そう、言ったらしい。
お風呂あがり。さっぱりした顔の、ハツエさんが、髪を乾かしている私のところへ、来た。そして、少女のような声で、聞いた。「ねえ。あたしの背中、まだ、きれい?」。私は、まっすぐ、見て、言った。「はい。とても、きれいです」。嘘では、なかった。
その日から、ハツエさんは、お風呂の日を、待つようになった。そして、決まって、私に、聞く。「今日は、どこまで、きれいに、なるかしらね」
「神マナ物語」は、小規模多機能ホーム「えんがわ」に通う、ボランティアの学生・神崎まなの物語です。 → 登場人物と舞台について(はじめに)
