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第十五話 怒鳴る人の、ほんとうの理由

タケダさんは、誰にでも、怒鳴る人だった。

八十六歳。「うるさい!」「ほっとけ!」。職員さんが近づくだけで、怒鳴る。私は、その声が、こわくて、タケダさんの近くに、行けなかった。

ある日、思いきって、梅田看護師に、聞いた。「どうして、あんなに、怒るんですか」。梅田さんは、さらりと、言った。「タケダさん、耳が、ほとんど、聞こえないのよ」。私は、はっと、した。聞こえない世界に、ずっと、一人で、いたのだ。自分の声の大きさも、わからない。みんなが何を言っているかも、わからない。その、底なしの心細さを、私は、怒鳴り声と、まちがえて、いた。

次の日。私は、タケダさんの正面に、しゃがんで、目を、見た。そして、口を、大きく、ゆっくり、動かした。「お・は・よう・ございます」。タケダさんは、きょとんと、した。それから、初めて、私に向かって、ぼそりと、言った。「……おはよう」。怒鳴り声では、なかった。さがしものを、やっと見つけた人の、ような声だった。

それから、私は、毎朝、しゃがんで、口を、動かす。タケダさんは、もう、私には、怒鳴らない。かわりに、私の口元を、じっと、見る。何を言うのか、聞き逃すまいと、するように。

「神マナ物語」は、小規模多機能ホーム「えんがわ」に通う、ボランティアの学生・神崎まなの物語です。 → 登場人物と舞台について(はじめに)

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