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第二十九話 孫の結婚式まで、ひと月

ハナエさんは、もう、歩けない、と言われていた。

脳梗塞で、右半身が、動かなくなった。八十歳。リハビリにも、首を振る。「もう、いい。歳だから」。ベッドの上で、一日じゅう、天井を、見ていた。

ある日、私は、何気なく、聞いた。「ハナエさん、どこか、行きたい場所、ありますか」。ハナエさんは、ぽつりと、言った。「……孫の、結婚式。来月、なんだけど。こんな体じゃ、ねえ」。バージンロードを、自分の足で、あの子と、歩いて、渡してやりたかったのだ、と。

その日から、ハナエさんは、変わった。「あの子のために、ひと月だけ、がんばってみようかね」。リハビリの先生の、横で、私は、ただ、数を、数えた。一歩。二歩。ハナエさんが、歯を食いしばるたび、私も、手に、汗を、握った。

結婚式の日。ハナエさんは、お孫さんに、腕を、貸してもらいながら、ゆっくりと、ほんの、数メートルを、自分の足で、歩いた。たった、それだけのことに、参列者みんなが、泣いていた。

式のあと、車椅子に戻ったハナエさんは、晴れやかな顔で、私に、言った。「次の、目標を、決めたよ」。「次?」。「ひ孫がね、できるんだって。──抱っこ、してやらなきゃ」。ハナエさんは、その日から、また、リハビリの、数を、数えはじめた。一歩。二歩。

「神マナ物語」は、小規模多機能ホーム「えんがわ」に通う、ボランティアの学生・神崎まなの物語です。 → 登場人物と舞台について(はじめに)

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