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第三十二話 父の、ノート

タカシさんは、頑固で、無口な、おじいさんだった。

八十四歳。娘さんが、月に一度、面会に来る。でも、タカシさんは、決まって、「もう帰れ」と言う。娘さんは、いつも、さみしそうな顔で、すぐ、帰ってしまった。親子なのに、どうして、と、私は、思っていた。

ある日、私が、タカシさんの部屋を、片づけていると、引き出しの奥から、古い、一冊のノートが、出てきた。日記のようだった。タカシさんの、下手な字で、日付と、短い言葉が、並んでいた。「四月三日 娘、来る。少し、太った。元気そうで、よかった」「五月一日 娘、来ず。仕事、忙しいのだろう」「六月五日 娘、来る。怒っているようだった。私が、悪いのだろう」。毎月の、娘さんの面会が、ぜんぶ、記されていた。「もう帰れ」と言った日も、ちゃんと、書いてあった。「七月二日 娘、すぐ帰る。引き止めたかったが、言えなかった」

私は、そのノートを、桐山主任に、見せた。主任は、しばらく、黙って、それから、言った。「これは……娘さんに、渡してあげな」。次の面会の日。私は、勇気を出して、娘さんに、そのノートを、手渡した。娘さんは、立ったまま、最初のページから、読んだ。途中で、口を、おさえた。肩が、震えていた。読み終えると、ノートを抱えたまま、まっすぐ、お父さんの部屋へ、入っていった。

その日、娘さんは、いつもより、ずっと、長く、いた。帰りぎわ、私に、頭を下げて、言った。「……あの子の字、ほんとに、下手なんです。昔から」。そう言って、泣きながら、笑った。

「神マナ物語」は、小規模多機能ホーム「えんがわ」に通う、ボランティアの学生・神崎まなの物語です。 → 登場人物と舞台について(はじめに)

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