ある朝、えんがわが、いつもと、ちがう、ぴりぴりした、空気だった。「来月、監査が、来る」と、藤巻所長が、言った。
監査、というのを、私は、初めて、知った。役所の人が、来て、事業所が、ちゃんと、決まり通りに、介護をしているか、記録を、一枚一枚、調べる。もし、記録に、不備があれば、「やっていない」とみなされて、もらったお金を、返さないといけないことも、あるらしい。最悪の場合、事業所が、続けられなく、なることも。何年も前の記録まで、引っぱり出して、職員さんたちは、夜遅くまで、確認していた。
「ひどい、ですね」。私は、つい、言ってしまった。「こんなに、ちゃんと、やってるのに」。桐山主任は、首を、振った。「ちがうよ。監査はね、私たちを、いじめるために、あるんじゃない。税金と、みんなの保険料を、預かってるんだから。それを、ちゃんと、目の前の人のために、使いましたって、胸を張って、言えるように。そのための、ものなの」。
監査の日。役所の人は、記録を、丁寧に、見て、最後に、言った。「よく、書かれていますね。利用者さんを、大事にされているのが、わかります」。職員さんたちの、ほっとした顔を、私は、忘れない。
一枚の、記録の向こうに。誰かの、暮らしと、たくさんの人の、信頼が、かかっている。
「神マナ物語」は、小規模多機能ホーム「えんがわ」に通う、ボランティアの学生・神崎まなの物語です。 → 登場人物と舞台について(はじめに)
