「本当に、いいんですか。お給料も、出ませんし、資格も、ないのに」。私が、そう聞くと、えんがわの、藤巻所長は、笑った。「いいんだよ。むしろ、ありがたい。──ただ、ひとつだけ。お年寄りを、かわいそうな人だと、思わないこと。それだけ、約束してくれるかな」。
家から、自転車で、二十分。坂の上の、小さな施設「えんがわ」。小規模多機能、という形らしい。通いも、訪問も、泊まりも、ぜんぶ、ここで。なじみの人が、ずっと、寄り添える。私が、介護のことを、知りたくて、あちこち訪ねて、いちばん最後に、たどり着いた場所だった。
初日。私は、何も、できなかった。お茶を、こぼした。利用者さんの名前を、覚えられない。職員さんは、みんな、信じられない速さで、動いている。配膳、見守り、記録、電話、送迎の手配……。「介護」って、ただ、お年寄りの、お世話をすることだと、思っていた。ちがった。覚えることが、やることが、こんなに、たくさん、あるなんて。
その日、桐山主任が、帰りぎわに、言った。「できないのは、あたりまえ。あんたは、ここに“いる”だけで、いいんだよ」。その意味は、まだ、わからなかった。
でも、私は、思った。ここで、学ばせて、ください。
「神マナ物語」は、小規模多機能ホーム「えんがわ」に通う、ボランティアの学生・神崎まなの物語です。 → 登場人物と舞台について(はじめに)
