AXは、魔法のランプ
第8章で、AXの分かれ目は「誰が実行するか」だとお伝えし、最後に「AIに任せる所と、人が判断する所を、どこで分けるか」と問いました。
では、AIには、どこまで実行を任せられるのでしょうか。
ひとつ、たとえ話をさせてください。
いまのAIは、魔法のランプに近いものになっています。
夕方、訪問から戻る車の中で。送迎を終えた事務所で。今日のことを話す。
事務所に着くころには、記録の下書きができている。
月末には、その記録から報告書の下書きが並び、介護ソフトへの転記も済んでいる。
人が何時間もかけていた仕事を、擦れば、言われたとおりに実行してくれる。
施設が飛躍的に伸びる可能性が、もう手の届く所に置かれています。
では、同じランプに、こう頼んだらどうでしょう。
「今年の補助金、うちは何が使えますか」
「この加算、要件を満たしていますか」
こちらは、正しく答えられるとは限りません。
同じランプなのに、叶う願いと、叶わない願いがある。
なぜでしょうか。
叶う願い、叶わない願い
違いは、ひとつだけです。
手元にある。
制度の材料は、
手元にない。
記録を書くとき、材料は目の前にあります。今日の訪問で見たこと、聞いたこと、測った数字。
でも補助金や加算の材料は、国や自治体のサイトに散らばっています。PDFで、告示で、改定のたびに差し替わる。そして「うちの事業所が何を届け出ているか」は、事務所の棚のファイルに綴じられたままです。
どれも、ランプを擦るこの部屋には、置かれていません。
ランプの精は、何でも運んでこられるわけではありません。
部屋にあるものしか、運んでこられない。
材料が無いままAIに聞くと、それらしい文章が返ってきます。そして、それは間違っていることがあります。
現場で使う道具でそれをやると、事故になります。
では、叶う願いを増やすには、どうすればいいのか。
ランプの「擦り方」の話です。
擦り方は、材料を整えて渡すこと
ランプの擦り方は、うまい頼み方(呪文)ではありません。
整える、というのは、引き出しの整理に近いものです。
同じものは、同じ引き出しに。同じラベルを付けて。
いつの、誰の、何の記録か。どの告示の、どの要件か。
バラバラのメモや、PDFの束が散らかった部屋では、ランプの精も探し物で迷います。どれだけ擦っても、それらしい答えしか返ってきません。
揃える材料は、3つです。
だから、順番を逆にします。
これは、新しい話ではありません。
第4章の「知識を借りる」は、AIにとっては「材料を渡してもらう」ことです。
第7章の「一度だけ書いて、一か所に置く」は、AIにとっては「引き出しが整っている」ことです。
情報を一か所に置いてきた施設ほど、AIに任せられる範囲が広い。
第2部の話は、ここで1本につながります。
地味な作業です。誰も褒めてくれません。
でも、ここを飛ばすと、さきほどの「それらしい間違い」が、そのまま現場に出ます。
記録をつけるたびに、擦り方が整う
とはいえ、引き出しの整理のために、新しい仕事を増やしたくはありません。
安心してください。3つの材料のうち、いちばん大きく、しかも毎日増えていくのは——あなたの事業所が今日つくった記録です。
どのランプを選んでも、この材料だけは、ランプの側では用意できません。そして、あなたの施設は、もう毎日つくっています。
私たちライフシフトが道具をつくるときに考えているのも、この擦り方のことです。
現場の人に「データを整えてください」とは言いません。いつもどおり記録をつけるだけで、整った材料が積み上がっていく形にしています。
制度の側も同じです。法改正や告示は法令の、補助金は補助金の、それぞれのデータベースとして揃えていきます。
材料が揃うほど、ランプは擦りやすくなります。
道具がなくても、考え方は同じです。
記録の書き方をそろえ、一か所に置く。告示は自分たちの言葉で1行に直し、届出の控えと並べておく。
それだけで、あなたの施設のランプも、少しずつ擦りやすくなっていきます。
叶う願いは、一段ずつ増える
材料が揃うと、何が叶うようになるのか。
階段にたとえると、こうなります。
AXは、ある日いきなり「何でもできるAI」が現れる話ではありません。
材料が1段広がるたびに、叶う願いが1段増える。その積み重ねです。
多くの施設は、いま1段目にいます。
そして、経営者がいちばん叶えてほしい願いは、3段目にあります。
3段目も、もっと賢いランプを待つ話ではありません。材料を揃えれば、届く所です。
次の願いは、経営の数字
記録が楽になった施設から、こんな声をいただくことがあります。
「現場は本当に助かっている。……ただ、月末に見ている数字は、そんなに変わっていないんです」
そのとおりだと思います。
記録のAXが返してきたのは、現場の時間でした。
でも、経営者が夜に眺めているのは、別のものです。
来年、スタッフの給与を上げられるのか。加算は正しく算定できているのか。使える補助金を、見落としていないか。
この3つは、別々の問いではありません。給与を上げる原資の一部は、算定できている加算と、使えている補助金です。そして加算と補助金には、告示や通知という原文がある。
つまり、材料を揃えれば、ランプに頼める願いです。
始め方は、道具がなくても同じです。月に一度、日を決めて、告示の定めと自分たちの届出を1つだけ、紙の左右に並べてみる。たとえば、算定している加算1つの要件と、その届出の控えです。
私たちの事業所の届出はこうです。
締切が近いものが、今月はこれだけあります。
ご確認ください。
この左右の紙が、そのまま材料です。告示の定めと自分たちの届出が一か所に並んでいれば、AIはその突き合わせを手伝えます。それでも、判定はさせません。並べるところまでです。
並べた紙を見直す、確かめる場所も決めておきます。紙のファイル1冊でも、月に1回の会議の15分でもかまいません。
実行はAIに、判断は人に。その「判断」を置く場所です。
そして、第7章の3つめの原則、「先に知らせてもらう」。
擦られるのを待つだけのランプは、忙しい月ほど擦られません。決まった日に、ランプの精のほうから並べに来てくれる形にしておきます。
「今月は、特に何もありませんでした」——それでも意味があります。
見落としていない、と分かることに価値があるからです。
第1章で決めた数字を1つ(たとえば、月の残業代)と、この左右の紙を、毎月同じ日に並べてみてください。片方は記録で返ってきた現場の時間、もう片方は守るべき経営の数字です。現場の時間と経営の数字が、1枚の上でつながります。
ランプは賢くなっても、擦り方は変わらない
ランプは、これからも賢くなっていきます。
それでも、擦り方は変わりません。先に材料、AIはそのあとです。
そして、その揃え方は——最初に戻ります。
1日1つ。
明日、音声で記録を1件つくってみる。道具がまだ無ければ、材料の3つ(自施設の記録・届出の内容・告示や通知の原文)のうち、どこにあるかすぐ言えるものに印をつけてみる。それだけで十分です。
材料を揃え続けること。
1日1つ、触れ続けること。
その2つが重なったとき、
やらなくていいことが、少しずつ増えていく。
それが、私たちの考えるスローDX・AXです。