DXの次に来るもの——AX
第7章で、情報の3原則をお話ししました。一度だけ書く。一か所に置く。先に知らせてもらう。
でも、その「一度」を書いているのが、いまも人の手だとしたら?
「はじめに」で、AIが実行まで担う段階をAXと呼びました。ここでは、なぜDXとAXを分けて考える必要があるのかを、数字から確かめます。
道具は入った。でも、半分の施設は楽になっていない
公益財団法人介護労働安定センターの「令和6年度介護労働実態調査」に、私がずっと引っかかっている数字があります。
4分の3の事業所が、もうデジタルの道具を使っています。
ところが——
夜間の業務負担の軽減に効果を感じている事業所 44.6%
(令和6年度介護労働実態調査)
道具は入ったのに、負担の軽減に効果を感じている事業所は、半分ほどにとどまっています。
これは介護の事業所を対象にした調査です。ただ、「道具は入ったのに、記録を書く手間は残っている」という構図は、看護でも障害福祉でも、思い当たる方が多いのではないでしょうか。
なぜでしょうか。
DXは「置き換え」。AXは「実行」
答えは、こうです。
DXは、紙や手作業をデジタルに置き換えることです。
手書きの記録用紙がタブレットになる。ファイルの山がクラウドになる。
でも、よく見てください。
入力する。確認する。転記する。——その実行は、まだ人が担ったままです。
置き換えただけでは、仕事の量は変わりません。書く場所が紙から画面に移っただけです。
だから「使ってはいるけれど、楽になった実感はない」が起きる。
AX——AIトランスフォーメーションは、その先です。
AIが「下書き」と「実行」まで担う。
記録・計画・報告といったアウトプットそのものを、AIが下書きし、実行する。
人は、確認と判断に集中する。
DXは、実行を人に残します。
AXは、実行をAIが引き受けます。
半分の事業所が「楽になった」と言えていないのは、この「実行」が、まだ人の手に残っているからではないか。私はそう考えています。
DXとAXは、何が違うのか
前の節の違いを、作業ごとに並べてみます。見るのは機能の多さではなく、その作業を、誰が実行しているかだけです。
同じ「記録を楽にする」でも、行き着く先がまったく違います。
訪問看護の記録で考えてみる
手書きの記録用紙を、タブレット入力に置き換える。
→ 字を書く手間は減る。でも「入力する」仕事は残る。
→ 移動の合間に、結局は文字を打っている。
AXの段階
訪問先での会話を、そのまま録る。AIが記録の下書きにする。
→ 「入力する」仕事が、そもそも発生しない。
→ 人がやるのは、出てきた文章に目を通して、直すところだけ直すこと。
前者は、入力が軽くなる。後者は、入力という作業が消え、確かめる仕事が残る。
この差が、「楽になった」と言えるかどうかの分かれ目です。
病棟なら、申し送りや看護サマリーで同じように考えてみてください。有料老人ホームなどの入所の施設なら、夜勤の申し送りや日々のケア記録で。いま打ち込んでいるもののうち、下書きを受け取って確かめる形にできるのはどれか。
長時間の支援や、会話を録るのがなじまない場面なら、支援のあとに自分の声で話した内容を下書きにする形でも、「入力する」仕事は減らせます。
ただ、訪問先で録るなら、その前に決めておくことがあります。利用者さんとご家族に、何のために録り、録ったものをどう扱うかを、ご本人に分かる形で説明して、了解をいただくこと。録った音声をどこに置き、誰が聞けて、いつ消すのかも、先に職場で決めておくこと。ここは、AIではなく人の仕事です。
判断は、人が持ったままでいい
ここで、誤解のないようにお伝えしておきます。
AXは、AIに任せきることではありません。
AIが担うのは、下書きと実行です。
これでいい、と決めるのは、最後まで人です。
記録に名前が残るのも、人です。だから目を通すときは、文章の整い方より先に、自分が見たこと・聞いたことと合っているかを確かめます。
利用者さんのことをいちばん知っているのは、現場の皆さんです。
その判断を機械に譲る必要はまったくない。
譲るのは、判断の前にある膨大な手作業のほうです。
紙を1枚、縦に2つに折ってみてください。左に、昨日した仕事のうち「書く・写す・まとめる」。右に「決める・確かめる・伝える」。
左の列が、AIに実行を任せられる候補です。右の列は、人が持ったままでいい所です。
AXにも「スロー」が効く
ここで、多くの施設がつまずきます。
AIと聞いた瞬間、身構えてしまうのです。
「うちにはまだ早い」
「AIを扱える人がいない」
でも、思い出してください。第3章でお伝えしたスローの3つの動き方は、AXでもそのまま使えます。
AIは、覚えることが増える道具ではありません。
覚えなくてよくなる道具です。
ボタンを押す。話す。目を通す。
だから、ITが苦手な方でも、始めやすいのです。
ただし、目を通す手間は残ります。最初のうちは、自分で書くより時間がかかると感じる日もあるはずです。そこは第6章の「回数」で越えていきます。
介護・看護・医療・障害福祉のAXは、何が違うのか
「はじめに」で、AXの話は世の中にあふれているのに、ケアの現場の言葉で語られたものはほとんどない、と書きました。
理由は、そのほとんどが、営業や事務の仕事を前提にしているからです。
ケアの現場には、ほかの仕事にない特徴が3つあります。
この3つを並べると、ケアの現場とAXの関係が見えてきます。
記録が多いから、AIが実行できる仕事がたくさんある。
制度の決まりがあるから、AIに渡す材料(何をどう書くか)がはっきりしている。
人の判断が要るから、AIは下書きまで、仕上げは人、という分け方が自然に決まる。
だからこそ、この本は「何でもAIに任せましょう」とは言いません。
AIに実行を任せる所と、人が判断する所を、はっきり分ける。 それが、ケアの現場のAXの第一歩です。
空いた時間を、何に使うか
判断を人が持つと決めたら、経営者と管理者には、もうひとつ問いが残ります。空いた時間を、何に使うかです。その前に、よく聞かれる不安に触れておきます。
「AIに仕事を奪われる」
この不安を持つ方は多いと思います。
私は、介護・看護・医療・障害福祉の仕事はAIに奪われにくいと考えています。
なぜなら、ケアの本質は「人と人との関わり」だからです。
利用者さんの手を握る温かさ。「今日も元気ですね」という声かけ。
これらは、AIにはできません。
AIにできるのは、人が本来の仕事に集中できるよう、その周りの雑務を引き受けること。
介護DX・AXの未来は、「人がいらなくなる」未来ではありません。
AIが雑務を引き受けてくれる時代に、経営者や管理者に求められるのは、空いた時間を何に使うかを決めることです。
記録や転記に追われていた時間が空いても、使い道を決めなければ、別の雑務で埋まります。研修に回すのか。利用者さんとの関わりに回すのか。早く帰ってもらうのか。受け入れられる人数を増やすのか。どれを選ぶかで、決算のどこに表れるか(残業代か、売上か、採用の費用か)が変わります。決めるのは、経営者や管理者です。
これは、道具が入る前に決めておけます。紙に「1日20分空いたら、何に使うか」を1行書いてください。第1章で書いた言葉の1行と、つながっているはずです。
DX・AXは、利用者さんのためだけではありません。
記録を家に持ち帰らなくていい職場かどうかは、スタッフの定着にもつながる経営課題です。
AIの守りも、触れながら身につける
織田信長は、若いころから鉄砲の稽古を重ねていたと、家臣・太田牛一の記録『信長公記』に残っています。
信長が違ったのは、新しい道具を「危ないもの」として遠ざけず、早くから自分の手で触れていたことです。
どこが弱いのか、雨の日はどうなるのか。触った人にしか分からないことを、先に知っていました。
AIも同じです。危険はあります。
使う前に、職場の決まり(どの道具を使ってよいか、どの情報まで入れてよいか)を確かめる。情報が外に出ないように設定を確かめる(学習に使わせない=オプトアウト)。サイバー攻撃に備える。
こうした守りの知識は、本を読むだけでは身につきません。決まりの内側で使いながら、少しずつ身についていきます。
「100%」という言葉にこそ、注意が必要です
AIを使ったサイバー攻撃が、現実のものになりました。守る側にも、これまで以上の備えが求められる時代です。
安全について「100%大丈夫です」と言い切る説明を聞いたら、少し立ち止まってください。
情報の守りは、0にはできません。
これは「完璧でなくてよい」という意味ではありません。0にはできないと知っているからこそ、手を緩めず、先回りして防ぎ続けるのです。
道具を選ぶときは、「100%安全です」と言う相手より、
何をどう守り、何かあったときにどう戻すのかを、具体的に説明できる相手を選んでください。