むずかしいことは、しない
第3章で、明日5分でできる1つを選びました。ところが、それを実際のやり方や道具に落とそうとすると、きっとこの声が出てきます。
デジタル、IT、DX、そしてAX。
言葉はいろいろありますが、浮かぶ気持ちは、たぶんひとつです。
「大事なのはわかる。でも——」
- 何から手をつければいいのかわからない。
- 詳しい人が社内にいない。
- 導入したところで、現場が使いこなせるか不安。
- そもそも、日々のケアと書類で手いっぱいで、新しいことを始める余裕がない。
全部、私が思っていたことです。
第2章で割った怖さと、根は同じです。「やり方が分からない」は、怖さのもうひとつの顔です。
介護でも、看護でも、医療でも、障害福祉でも、多くの施設が、同じところで止まっています。
だから、これ以上削れない所まで削りました
この本に、難しい話は出てきません。
- 新しい機器に、いちどきに入れ替える必要はありません。
- 詳しい人を、新しく雇う必要もありません。
- 今のやり方を、捨てる必要もありません。
私たちがやったのは、今あるものを活かしたまま、足りないところだけを補うこと。
それだけです。
しかも、一度に全部ではありません。
「はじめに」でお話しした、1日1つです。
「宇宙一カンタン」と書いたのは、大げさに言いたいからではありません。
これ以上カンタンにしようがないところまで削ったものだけを、この本に残したからです。
難しいことは、続きません。
続かなければ、何も変わりません。
続けられたことだけが、5年後の数字になりました。
そこまで削れたのは、私たちが賢かったからではありません。
ゼロから考えない
カンタンにできた理由は、ひとつです。自分たちで、ゼロから考えなかった。
あなたの施設でも、同じです。
「真似する」こと。
真似は、手抜きではありません。いちばん速い進め方です。
巨人の肩に乗る
科学者アイザック・ニュートンは、こんな言葉を残しています。
「私がより遠くを見ることができたのは、巨人の肩の上に立っていたからだ」
天才と呼ばれるニュートンでさえ、ゼロから考えたわけではありませんでした。
先人たちの知恵を学び、その上に自分のアイデアを積み重ねたのです。
すでにうまくいっている施設がある。
すでに成果を出しているツールがある。
その「巨人の肩」に乗ればいい。
大切なのは、「比較」ではなく「吸収」です。
他の施設と自分を比べるのではなく、良いところだけを自分たちに取り入れる。
トヨタの「カイゼン」も、良いやり方を徹底して学び、自分たちの現場に取り入れることを重んじてきました。この本の考え方と並べると、こうなります。
- 「小さな改善を毎日続ける」 → 「1日1つでいい」(第3章)
- 「現場が主役」 → 「前向きな2割から始め、現場の数字で広げる」(第5章)
- 「完璧を求めない。まず動く」 → 「100点ではなく、最適を目指す」(第6章)
- 「良い事例は徹底的に真似る」 → 「ゼロから考えない」(この章)
「カイゼン」の知恵を、介護にも応用する
介護の日常の流れに、スローDX・AXを重ねる
介護には、誰もが知っている基本の流れがあります。
① 要介護認定 → ② アセスメント → ③ ケアプラン作成 → ④ サービスの実施 → ⑤ モニタリング → ⑥ プランの改善
この流れは、どんな施設でも、どんな利用者さんでも同じです。
介護を学んだ人なら、誰もが最初に教わる基本中の基本。
看護や障害福祉でも、呼び名が変わるだけで、流れは同じです。「アセスメント→計画→実施→振り返り→見直し」。ここから先の「ケアプラン」は、あなたの施設の計画書(看護計画、支援の計画など)に読み替えてください。
スローDXとは、このいつもの流れを、1つずつデジタルに置き換えていくこと。
置き換えたその先で、AIに実行まで任せる話(AX)は、第2部でします。
どちらも、やることは1日1つ。それだけです。
- アセスメント → 紙のメモを一か所にまとめる。探さなくて済む
- ケアプラン作成 → 前回の計画や記録を土台に、下書きから始める
- サービスの実施 → 記録をその場で入力する。転記を減らす
- モニタリング → 記録が同じ場所に溜まる。前回との違いを見比べやすくなる
- プランの改善 → 溜まった記録を根拠に、見直しができる
「全部を一度にやろう」としなくていい。
記録だけ、
アプリに入れてみる。
全事業所・全員でなくていい。ひとつの事業所の、ひとつの種類の記録からで十分です。
まだ道具を何も入れていないなら、その前に、どの記録から始めるかを1つだけ決めてください。いちばん枚数が多い記録か、いちばん転記が多い記録です。
そして、知り合いの事業所や同じ仕事の仲間に「最初に、何の記録から変えましたか」と1つだけ聞いてみる。それが、この章の「知識を借りる」のいちばん小さな形です。
それだけで、次のステップが自然と見えてきます。
記録がデジタルになれば、月末の報告書の下書きを、記録から作れるようになる。
報告書が早くできれば、モニタリングに時間を回せる。
モニタリングが楽になれば、プランの見直しに時間を使える。
1つの変化が、次の変化を呼ぶ。
これが「じわじわ成功する」スローDX・AXの力です。
この順番は、多くの施設に共通しています。
だから、うまくいった施設の順番を、そのまま借りればいいのです。
先人が通った、5つの分かれ道
借りるのは、うまくいったやり方だけではありません。うまくいかなかったやり方も、同じくらい役に立ちます。多くの施設が通った分かれ道を、5つ並べておきます。