始める時期だけは、急ぐ
ここまで「急がなくていい」という話をしてきて、
まったく逆のことを言うようですが、ひとつだけ急いだほうがいいことがあります。
始めることです。
AIは、待ってくれません
AIの進化は、まっすぐではありません。加速度がついています。
この2年、数か月ごとに、前はできなかったことが、できるようになってきました。
これは予想ではなく、実際に起きてきたことです。
ここで、少し意地悪な言い方をします。
「もう少し様子を見てから」と待った半年のあいだに、AIは半年ぶん先に行きます。
そのとき始めると、半年ぶんをまとめて覚えることになります。
先に始めた会社は、その半年を1日ずつに分けて受け取っていました。
同じ量を学ぶのに、片方はスロー、もう片方は全力疾走です。
学ぶ量は減りません。
一度に払うか、分けて払うか
の違いだけです。
この「いつ始めたか」で差がついた例を、私はひとつ、はっきり覚えています。
次の節でお話しさせてください。
残った店に、共通していたこと
もう15年以上前になりますが、いまでもはっきり覚えているテレビ番組があります。
「昔とても人気だった、あのお店は今どうなっている?」——
そんな企画で、かつて行列ができていた10軒のお店を訪ねていく番組でした。
結果は、きれいに半分に分かれていました。
10軒のうち、5軒はもうありませんでした。
そして残りの5軒は、当時よりずっと大きくなっていたのです。
見ているうちに、私はあることに気づきました。
残っていた5軒が、全部おなじことをしていたのです。
インターネット通販でした。
2000年代の後半です。「ケーキやパンや、お惣菜が、ネットで売れるわけがない」。
そう言われていた時代です。実際、やっていないお店のほうが多かった。
その5軒は、まだ誰もやっていないうちに始めていました。
そして番組が訪ねたときには、何ヶ月待ち・何年待ちの通販になっていたのです。
才能でも資本でも
ありませんでした。
いつ始めたかでした。
なぜこの話を、いまでも覚えているのか。
同じことが、目の前でもう一度起きていると感じるからです。
いまが、介護・看護・医療・障害福祉の黎明期です
AIそのものが速く進んでいることは、前の節でお話ししたとおりです。
一方で、介護・看護・医療・障害福祉の現場でAIをどう使うかについては、
まだ誰も完成した答えを持っていません。いまは、その答えを探している最中です。
つまり、あの5軒が通販を始めたときと、同じ場所に私たちはいます。
「うまく使う」必要は、ありません
黎明期に触れておくことの値打ちは、使いこなせるようになることではありません。
その世界の言葉が分かるようになることです。
何ができて、何ができないのか。どこは任せて、どこは人がやるべきなのか。
これは説明では手に入りません。触った人の中にだけ、少しずつ溜まっていきます。
大きな費用をかける必要はありません。
使う額は、やめても経営が揺れない額を先に決めておく。そのうえで、まず触れておく。それだけで十分に意味があります。
私たちも、ひとつからでした
家族が営む「陽気」も、始めたのは排泄記録ひとつからでした(第10章)。
あなたの施設でも、数年後に「あのとき始めたから、ここまで来られたね」と言い合えるように。
だから、ひとつだけお願いさせてください。
では、その「ゆっくり」とは、具体的にどれくらいの量から始めればいいのか。
次の節で、その目安をお伝えします。
1日5分から始める
どれくらいスローがいいのか?
答えはシンプルです。
「無理をしない程度」
時間にすれば、1日5分。
「今日は1つだけ新しいことをやってみよう」
それで十分です。
月曜日に記録の入力方法を覚えた。
火曜日は同じことをもう一度やってみた。
水曜日には、もう迷わずできるようになっていた。
この「小さな成功体験」の積み重ねが、スローDX・AXの土台です。
1日1つ。たった1つだけ。それを続けるだけでいい。
・第1章の数字を、今日のぶんだけカレンダーに記録する
・一緒に試してくれそうな同僚1人に、「一緒に試してみない?」と声をかける
・今日、同じことを何回書いたかを、記録1枚で数えてみる
・職場で使ってよいと決まっているAIがあれば、利用者さんの名前や個人情報を入れずに、記録の書き方を1つ聞いてみる(使ってよいか分からなければ、先に情報管理の担当に聞く)
選んだ1つを、明日の予定に書き込んでください。それが、この章の問いへの答えです。
書き込めたら、最後に、その1つをどう続けるかの形だけ、3行で持っておきます。
スローの3つの動き方
ここまでの話を、3つの動き方に直しておきます。新しい原則ではありません。「はじめに」の1行目「怖さは、見られる大きさに割る」を、毎日の動き方にしただけです。第8章のAXでも、この3つはそのまま使います。