☰ 目次宇宙一カンタンなスローDX・AXの教科書
第2章
恐れを越える

変われない本当の理由は、忙しさではありません

怖いときほど、直視する

行き先は、紙に書けました。
ところが、多くの施設はここで止まります。行き先がはっきりするほど、最初の一歩が出なくなることさえあります。

「やりたいんですが、時間がなくて」

導入のご相談で、いちばん多く聞く言葉です。
でも私は、この言葉をそのままは受け取らないようにしています。

なぜなら、時間ができても、始まらないからです。

本当の理由は、たいてい別のところにあります。

変われない理由は、
忙しさではありません。
怖さです。

怖いのは、いいかげんな人ではありません

現場で「新しいものはちょっと」と言う人ほど、実は責任を負っている人です。

  • 記録が間違っていたら、運営指導で指摘されるのは自分
  • 請求がずれたら、返戻の処理をするのは自分
  • 事故が起きたら、ご家族に説明するのは自分
  • お金を払って誰も使わなかったら、その判断をしたのは自分

そういう立場の人にとって、変化そのものが脅威です。
「今のやり方なら、少なくとも間違っていない」。そう思うのは当たり前のことです。

実際にあった話をします。

ある精神科の訪問看護ステーションで、ソフトを切り替えたときのことです。
記録の書き方がひとつ変わっただけで、管理者の方から「不具合だ」というご連絡が続きました。

よく話をうかがって、ようやく分かりました。
その方が見ていたのは、機能ではありません。監査です。

記録は、監査で最初に見られる書類です。
そこに少しでも見慣れない形が出ると、その方には「指摘されるかもしれない自分」が見える。
だから、小さなズレでも「不具合」という言葉になる。

怖い人は、
細かいことを言っているのではありません。
守るものがある、というだけです。

これは、現場の職員も、管理者も、経営者も、まったく同じです。

私も、いちばん怖いものを見ていませんでした

偉そうに書いていますが、私も同じでした。

「はじめに」で、赤字だった会社が黒字に変わった話をしました。
あのとき、いちばん時間がかかったのは、改善策を考えることではありません。
数字を開くことでした。

開けば、自分の経営の結果が全部そこに出ています。
だから、見ない。見ないから、何も打てない。打てないから、もっと怖くなる。

この輪から抜ける方法は、ひとつしかありませんでした。

怖いときほど、直視する。
ただし、一度に全部は見なくていい。

スローとは「直視できる大きさに割る」こと

ここが、この本でいちばんお伝えしたいことです。

スローとは、
ゆっくりやることではありません。
怖さを、見られる大きさに割ることです。

一度に全部を変えようとすると、失敗したときに戻る場所がありません。
だから動けない。これは意志の弱さではなく、まっとうな判断です。

でも、1日にひとつだけなら。
うまくいかなくても、明日また元に戻せる。戻れると分かっているから、手が伸びる。

心理学では、こわいものに少しずつ・繰り返し触れることで恐怖が薄れていくことが、
半世紀以上にわたって確かめられています。効くのは強さではなく、回数です。

「1日5分」「まず3名だけ」「録音ボタンをひとつ押すだけ」。
この本がずっと小さな一歩の話をしているのは、そのためです。

第1部の原則は、すべて恐怖の扱い方です

第1部でお話しする原則は、実は全部、ひとつのことを言っています。この先の章を、順に並べてみます。

01
「トラブル」を「新規探索」と呼ぶ(次の節)
怖さを、手が動く次の一歩に置き換える言い換えです。
02
1日5分・1日ひとつ(第3章)
一度に変わりすぎない。小さければ、戻りやすい。
03
うまくいった人から借りる(第4章)
正解を一人でゼロから探す怖さを、先人が通った道で小さくする。
04
1人も取り残さない(第5章)
自分だけ置いていかれる、という怖さへの答えです。
05
触れた回数だけ人は変わる(第6章)
知らないものは怖い。知っているものは、怖くありません。

恐怖は、なくす必要はありません。
恐怖があるから、記録を残し、確認し、丁寧になれる。それは強みです。

扱えるサイズに割りさえすれば。その方法が、スローDX・AXです。

では、割ったあと、目の前の「困った」にはどう向き合えばいいのか。
もうひとつ、言葉の置き換えをお伝えします。

トラブルを、新規探索として見る

要因があれば、打つ手がある

現場には、いつも同じ顔ぶれの「困った」があります。

  • 「あの人だけ、どうしても使ってくれない」
  • 「また、言った言わないになった」
  • 「運営指導で、指摘されてしまった」
  • 「この作業、どう考えても時間がかかりすぎている」
  • 「気づけば、いつも同じ人に負担が偏っている」
  • 「あの業務は、あの人しかできない」

どの現場でも、驚くほど同じです。
分かれ目は、これを何と呼ぶかです。

「トラブル」と呼ぶか、「新規探索」と呼ぶか

同じ出来事でも、呼び方を変えると、頭の動き方が変わります。

トラブル→新規探索
「トラブル」と呼ぶと、先に気持ちが動きます。困った、面倒だ、誰のせいだ。そして手が止まります。「新規探索」と呼ぶと、頭は次の道を探し始めます。どこで、何が、どうなったのか。まだ誰も通っていない道を、ひとつ見つけた——そう思えると、手が動きます。

言葉遊びに聞こえるかもしれません。でも、これは訓練の効果として確かめられている話です。

新しいシステムの研修で「間違えないように」と教えたグループより、
「間違いは起きる。起きたら直せばいい」と教えたグループのほうが、
のちの成績が良かった。エラーマネジメントと呼ばれる研究で、
くり返し報告されてきた結果です。

研究の世界では、これを「エラー」と呼びます。この本では、もう一歩進めて「新規探索」と呼びます。うまくいかなかったことは、失敗ではなく、次の道を見つけるための探索だからです。

失敗を減らそうとするより、
新規探索として扱える
ほうが、強い。

※ただし、利用者さんの安全に関わる事故やヒヤリハットは、これまでどおり、すぐに報告して共有してください。新規探索として扱うのは、仕組みや段取りがうまくいかなかったことです。

課題には、必ず要因があります

そして、要因があるということは、打つ手があるということです。

大事なのは、「なんとなくうまくいかない」で止めないこと。
ひとつ下に降りて、「何が」を見つけることです。

「この作業、時間がかかりすぎている」——ここで止めない。

「かかっているのは、夜勤帯だけ」
「先月から、記入項目の多い様式が3人分増えた」
「その様式は、前の担当者の頃から見直していない」

ここまで降りれば、もう半分は解けています。

解けないと感じるときは、まだ課題が大きすぎるだけです。

「よそ者」のほうが気づく!?

課題の糸口には、いちばん詳しい人より、「よそ者」のほうが先に気づくことがよくあります。

新人。別の事業所の方。ぜんぜん関係ない部署の人。

中にいる人ほど、そのやり方に慣れています。
慣れているから、「そもそも、なんでこの手順なんですか?」と聞けない。

外にいる人は、慣れていません。だから、聞けます。
その素朴な質問が、要因をあっさり照らすことがあります。

良いアイデアは、集団の内側よりも「境目」に立つ人から出やすい。
社会学者ロナルド・バートが「構造的空隙」と名づけて示して以来、経営学の研究が繰り返し確かめてきたことです。

詰まったら、いちばん詳しい人ではなく、
いちばん慣れていない人に
話してみてください。

AIも、そうした「よそ者」の一人です。
詰まっている手順を、利用者さんの名前を入れずにそのまま書いて渡し、「この手順で、省けそうなところはどこか」と聞いてみてください。慣れた人なら飛ばす「なぜ」が、並んで返ってきます。

「愚痴」で終わらせるか、「新規探索」として話すか

これは、チームで共有したほうが、ずっと早い話です。

休憩室で出る「もう、あの人ほんとに使ってくれないよね」。
そこで終われば、ただの愚痴です。明日も、同じ話をします。

でも、そのあとに一言だけ足せる人がいると、場が変わります。

「じゃあ、どうしたら解決できるかな?」

たったこれだけで、不満は新規探索の報告に変わり、
その場は次の一手の相談に変わります。

責める相手を探す会議は、疲れます。
打つ手を探す会議は、なぜか元気が出ます。
同じ時間を使うなら、後者にしましょう。

属人化も、負担の偏りも、言った言わないも、
「誰が悪いか」ではなく「どこを直すか」で話せたチームから、順に消えていきます。

課題解決が、楽しみに変わる

トラブルが来た、嫌だな——ではなく、
新しい道が見つかった、どこだろう——になる。

さらに、その先があります。

謎解きみたいで、
ちょっと面白い。

ここまで来たら、もう止まりません。
課題が来るたびに、施設が1つずつ賢くなっていきます。
面白くなるのは、課題がちょうどよく解ける大きさのときです(この仕組みは第6章で)。
だから、解ける大きさに切って、1日1つ。

怖さも、課題も、見られる大きさに割る。ここでも、答えは同じです。

次の申し送りまでに
・新しいやり方について、自分が怖いと思うことを3つ書く(監査・請求・ご家族への説明など)
・そのうち1つを、明日戻せる大きさに割る(例:1名分だけ、1週間だけ)
・次の申し送りで出た「困った」を1つ、「どこで・何が・どうなった」の3行で書き直す

そして、割った怖さを最後に小さくしていくのは、慣れです。
慣れは回数でしか手に入らず、回数には時間が要ります。
だから次の章では、「始めるのは早いほうがいい」という話をします。

第2章のまとめ

1本当の理由は怖さ変われないのは忙しさではなく、恐怖。怖いときほど直視し、見られる大きさに割る
2「トラブル」を「新規探索」と呼ぶ要因があるなら、打つ手がある。愚痴で終わらせず、チームで次の道を探す
3恐怖は強み恐怖があるから、記録を残し、確かめ、丁寧になれる

この章で、問いはここまで絞られた

その怖さを、
今日見られる大きさに割れているか。